1990年代に入って、地球温暖化が人類をはじめとする生物界全体に深刻な問題をもたらすことが指摘され

始めました。
温暖化の原因としてさまざまな要因が考えられますが、最も大きな要因に挙げられるのが温室効果ガスの
排出だと言われています。そしてその中の半分以上が二酸化炭素の排出です。世界の科学者で構成される
IPCCは、2001年に発表した第3次評価報告書の中で、温暖化はほぼ確実に人類の活動によるものだと結論
付けています。
毎年更新される記録的な気象温度や、2007年夏の異常な暑さは誰もが体験したはずです。
地球温暖化は、すでに異常気象などにより私たちの生活にも影響をもたらしていますが、今後、温暖化によ
る砂漠化の進展や氷原・氷床の減少などの直接的な影響のほか、食糧生産、海岸の浸食、生態系への影
響による生物種の減少などにも一層深刻な影響がでてくるものと予想されます。
太陽エネルギーが光波となって大気中に入り、そのエネルギーの一部が地球を暖め、それから赤外線とし
て反射され 、宇宙へ戻っていきます。通常の条件下では、宇宙へと反射される赤外線の一部は、何もしな
くても大気に吸収されます。これはありがたいことです。そのおかげで、地球の気温は快適な温度域に保た
たれるからです。
今、私達が直面している問題とは、人間が膨大な量の二酸化炭素やその他の温室効果ガスを排出してい
ることから、この大気の薄い層がだんだん厚くなっていることです。それによって本来ならば大気を抜けて
宇宙へと出て行くはずの赤外線放射の多くを逃がさなくなる現象が起こっています。
その結果、地球の大気や海洋の温度は危険なほど上昇を始めています。
自然界には二酸化炭素を吸収してくれる成長期の植物や海がありますが、地球全体でもこの自然吸収量
は31億炭素トンだと言われています。しかし人類が排出する二酸化炭素は産業革命以降、大量の石炭、石
油、天然ガス等の化石燃料を燃やし続け、2000年代に入ってその量は72億炭素トンに増加しています。
これはもはや自然界が吸収してくれる量ではなく、毎年膨大な二酸化炭素が蓄積されているのです。
他の惑星を例にしてみますと、地球より太陽に一番近い水星の平均気温は179度で、次の金星が400度と
高温なのです。その理由は水星には大気がほとんどなく、金星には地球同様、大気に覆われています。
しかし、その成分が異なり、地球の大気には微量の二酸化酸素があるのに対し、金星は96.4%もの二酸化
炭素が存在するからです。このように二酸化炭素を含む大気の存在は、その惑星の環境を決定する力を
持っております。地球上の多様な動植物が繁栄し、私たち人類が存続できるのも、地球を覆う大気の構成
の微妙なバランスによるものなのです。

二酸化炭素は環境中にごくありふれた物質ですが、空気中の二酸化炭素濃度が極めて高くなると、人間は

危険な状態に置かれます。濃度が3〜4%を超えると頭痛やめまい、吐き気などを催し、7%を超えると数分
で意識を失うと言われています。
実際には空気中に微量の二酸化炭素が存在し、その微量の二酸化炭素のお陰で地球上は快適な環境の
温度が保たれ、長い間沢山の動植物が繁栄し育まれてきました。
その適当な空気中の二酸化炭素の量とはおよそ280ppmで、この濃度は産業革命以前の数値であり、それ
に比べて現在は35.4%も増加した370ppmとなっており、これは今も増え続けております。
ハワイ島マウナロア火山で観測された二酸化炭素の濃度
二酸化炭素(CO2)はものを燃やすことで発生しますが、その他に植物が枯れて腐敗する過程で発生します
し、動物の呼吸によっても排出されます。しかしこれらは地球の営みとして、排出された分は樹木や海水に
よって充分吸収されます。
今、問題となっている増加の最大の原因は、やはり化石燃料を大量に消費していることからです。
それは自動車を走らせることも、工場がいろんな品物を生産する過程でも、そしてそれらがゴミとなって焼
却処分される時も、電化製品がこれ程までに普及し使用することも、産業革命以来絶えることなく確実に
増加の一途をたどっています。(上図)
簡単な答えは、自然界が自然吸収できていた時代(産業革命以前)へ戻すことですが、これは現在の生活
環境や経済上から考えても到底無理なことでしょう。しかし、今の生活のレベルをいくらかでも下げることは
可能なはずです。それを避けては二酸化炭素削減は無理でしょう。そしてそれは人類にとってもこれまでよ
り健全な生活に戻るチャンスでもあります。
そしてまず知っておいて欲しいことは、地球温暖化の最大の原因は温室効果ガスの排出にあり、その中で
最も多くをしめるのがこの二酸化炭素(CO2)の排出であり、このまま何もせずに人任せでいるなら、残すと
ころ10年あまりでもう手遅れの状態になるとまで言われています。
私たちが「明日からでも始めよう」では間に合いません。いま、直ぐに出来ることから始めないと、地球規模
の環境は直ぐには効果が現れません。だからこそ怖いのです。
ですから今すぐに、私たちが出来ることから声を掛け合って、家庭から学校へ、職場へ、地域社会へ、チー
ムとなって毎日の生活の中から、二酸化炭素排出を抑えていく必要があります。
  自動車の利用機会を減らす努力をする
毎日通勤に使用している人は、週に一度や二度は公共の交通機関を使用し
たり、3-4キロ以内の距離なら自転車を利用したり、同じ職場の同僚と交代で
相乗り通勤をすることも可能なはずです。
また直ぐそこまででも車を使用していた買い物には徒歩や自転車を使用する
等、工夫すればいくらでも自動車の利用を減らすことは可能です。
更にガソリン価格が最近急上昇しており、生活コストの削減にも大いに役立ち
ます。
更に自動車を買い換えるときなら、エコカーのハイブリッド車や、出来るだけ
排気量の小さい低燃費の車を選ぶなど、天気の良い日はミニバイクの利用も
より効果的だと思います。
  ゴミを減らすためには、すぐにゴミになるものは作らない、売らない、買わない、そしてもらわない。
買い物にマイバッグ持参はすぐにゴミになるレジ袋を大幅に削減する良いアイデアですが、これに反対する
方達もいます。理由はゴミや生ゴミを出すときに必要だから、レジ袋制作に使用する石油はガソリンなど
良質の油を取った残りだから、等と理由付けしています。
確かにレジ袋は便利ではあります。がしかし、あらゆる便利イコール快適が、今日の環境破壊をもたらした
と言えるのです。
すぐにゴミになるものは作らない、もらわないを基本にして、どうしても必要なら自らのお金で買うべきです。
そうすれば勿体ないと思い直ぐにゴミには出さないでしょうし、買わなくて済む工夫もするでしょう。
昔の製品は職人によってしっかりと作られ寿命が永がったのですが、最近の製品は簡素化され寿命が短
い、と言うより、あらゆる一般的機械製品の寿命はおよそ10年を目処に作られている。不思議と10年を迎
える頃壊れるがそのようにコストを削って作られているようです。
途中で壊れて修理するなら、修理代に少し加えれば新品が買える、と言うような物作りが最近目立ちます。
そしてそれらはどんどんゴミとして排出されます。電化製品など一部リサイクルが行われていますが、これも
やや問題有りです。(リサイクルは有効か?)
ドイツの基本的物作りの姿勢は、耐久性のある優れたものを作り、消費者に末永く(物によっては一生、や
子の代まで、孫の代まで)使える、誇り高い物作りを行っていました。この姿勢は昔の日本の物作りにも有
りました。それが伝統の物作りとなり、多種の分野で職人が大いにもてはやされていたのも事実です。
今の物作り、そしてそれらがごみと化したとき、間接的に化石燃料のエネルギーに頼らざるを得ません。
これらを総合的に考えますと、生産、運輸、通信、生活、等々、今の社会構造が全てにおいて化石燃料に
頼り過ぎ、結果二酸化炭素を大量に排出せざるをえない環境に陥っていると言えるでしょう。
既にヨーロッパの玩具メーカーでは出来るだけプラスチックを避けて木製を使
用するように努力していますし、一般家庭用品でも木製や強い金属製品が見
直されています。日本では価格の安いプラスチック製品が中国からどんどん、
輸入され、安いからついつい必要以上に買い求めてしまうケースが見受けられ
ます。
更には多くの果物などはプラスチック容器に包装されて店頭に並べられていま
すが、ヨーロッパではそのまま山積みにして販売されています。
衛生面から見れば包装は最もな方法ですが、その究極が本当に人間の為にな
るのか、と言うこともこの先考える時期に来ていると思います。
私たち国民がここへ来て覚悟を決めなければ行けないこと、それは生活全てにおいて多少の不自由は覚
悟しないと行けない、生活レベルを下げないと目に見える二酸化炭素排出の削減は不可能と言うことです。
買い物にマイバッグを持参しましょう、過剰包装は断りましょう、エコ運転をしましょう、電気をこまめに消し
暖房は20度、冷房は28度と節電に努めましょう等々、現在日本では国民のモラルだけに頼っています。
それで京都議定書の-6%は達成できるのか、それどころか逆に+8%の現状で、インドネシアで開催されてい
る国際会議COP13に於いて日本は不名誉な「化石賞」を受賞してしまいました。恥ずかしいことです。
地球温暖化の対策はモラルだけに頼っていては進まないし間に合いません。国はあらゆる手を尽くして規
制を急がないと、結果国の利益にはならないのです。そのためには私たち国民の環境意識が高まらなくて
はなりません。家庭でも学校でも、自治会でも職場でも生活レベルを下げる理解と工夫と努力が必要です。
幸いにも人は環境に適応できる順応性という物を持っております。