63歳のオーストリア人と
 シベリアにはこんな綺麗な花畑もある。一面
菜の花畑のようであった。しかし蝶々が異常繁
殖したのか、ものすごい数の蝶々が舞っている。
2時間も走るとヘルメットのスクリーンは蝶々の
死骸で前が見えなくなり、ヘッドライトやシリンダ
ー前面は蝶々の死骸だらけになる。
 昼飯に寄ったカフェで、写真のオーストリア人
に出会った。私が声をかけると、喜んで答えて
きた。オーストリアからロシアを通ってモンゴル
へ行くと答えたた。更に彼は、ロシアのモスキー
トに悩まされていると付け加えた。ロシアの蚊は
耐え難い、バイクから降りるとすごい蚊の大群
が襲ってくる。あらかじめ持っていたネットをか
ぶるが、シャツや靴下の上からでも容赦なく刺
してくる。私の首と腕はいつも赤く腫れていた。
 私は彼が若者には見えないので歳を聞くと、
彼は63歳だと答えてくれた。私は"Great"とし
か言えなかったし、バイクに乗っている自分が
恥ずかしいくらいだった。
 私はこのカフェの横に簡単な修理工場を見
つけ、折れていたサイドスタンドのフックの溶接
を頼んだ。年代遅れの大きな溶接機は、なか
なか金属同士をくっ付けてくれなかった。

モスクワまで2,340KM
 大雨と濃霧の中を過ぎると、警察の検問所で
止められた。検問所の近くは必ず70km、50km、
40kmと速度の規制がある。 気づくのが遅れ、
私は29kmオーバーで捕まった。
建物の中に連れて行かれ、全ての書類の検査
を受けた後、警官は100という表示をした。
私はとぼけて100ルーブル(約400円)かと聞
くと、彼は$100だと言った。私の財布の中に
$100札はあったが、先ず$10札を出した。
すると警官は$50に値下げしてきた。
私は「いける」と思い、残りはパンツの中だと
ジェスチャーをして、時間をかけてリュックを下
ろし、上着を脱いでズボンを下げ始めたら、警
官はもういいと言って、早く行けという素振りを
した。しめたと思い、急いで荷物をまとめ、その
場を走り去った。おそらくこの$10は、彼らの
ポケットに入るのだろう。
 そこから間もなく、写真の標識が見えた。
モスクワまで2,340kmという標識で、この時、
私は飛び上がるほど嬉しかった。モスクワは
もう近いと感じたのだ。もう一頑張りだと思った
のだ。
2,340kmは日田から北海道までの距離だが、
ここまでおよそ8千キロを走ってきた私には、
それがすごく近くに感じた。嬉しかった。
そこから少し走った林の中で、キャンプを張っ
た。明朝はエカテリンブルグだ。そのエカテリン
ブルグには、23日の午前10時30分に着いた。