最初のキャンプ  6月4日
 ウラジオストックを出発してハバロフスクへ向け
て北上中、ここで最初のキャンプを張らなければ
ならない。幹線道路の通行量は少ないが、人目
に付かない脇道に入って、更に農道に入った畑の
脇にテントを張る事にした。
赤い夕日が西に沈む。山が見える。地図を見ると
直ぐそこはもう中国吉林省から黒龍江省になり、
あの終戦直後の満州国になる。
翌朝テントをたたみ、国境沿いを北北東へと登る。
ハバロフスクの市場  6月6日
ハバロフスクに着いた翌朝、私は市内を散歩した。
市場では沢山の食料が売られていた。
物価は安い。ガソリンは1リッター45円位だ。
コーラとハンバーガーを買って、110円位だった。
近くの通りで、汚れた服を着た少年二人が私に手
を差し出し、お金を無心して来た。私はそのまま通
り過ぎたが、その少年達と再度この市場で合った。
二人は私が持っていた飲みかけのコーラを欲しが
った。可哀想になり100Pづつあげた。
二人はあどけない笑顔を私に見せ、アムール川の
方向を教えてくれた。
  レーニン広場 ハバロフスク出発  6月6日
 この近くの日本総領事館に来たが、時間が早か
ったので私は近くを散歩した。
その後、領事館でイルクーツクまでの情報を得る
ことが出来た。
天気が心配だけど出発の準備をする。
ハバロフスクもウラジオストックと同じように、オー
トバイを見ない。道路はウラジオより良いようだ。
私はインツーリストのホテルで道を聞き、荷物を
まとめて出発した。同じようにここでも幹線道路に
出るまで道を何度と無く聞いた。
ガソリンスタンドで予備タンクにガソリンを補給した
が、その際タンクのキャップを閉め忘れ、落として
しまった。まだ旅は始まったばかりなのに、もうこ
の失態に先が思いやられた。